なんちゃって。
ネコです。
一気に寒くなった東京地方。
エコロジーだけでは乗り切れそうにありません。
僕の歩く道 11・21(火)22:00〜 フジテレビ系列
自閉症のため、行動範囲・行動パターンが限定され、知らない道を通ることもままならない輝明(草なぎ剛)。
帰宅しない甥の幸太郎(須賀健太)を探すため心当たりの場所へ向かおうとするのですが、知らない道へ踏み出せません。



りな(本仮屋ユイカ);「輝明おじちゃんあの道、行けないから」
幸太郎(須賀健太);「うそ・・」
「クララが立った・・」(なんちゃって。ネコです。)
行けない筈の道へ輝明がこぎだします。
決まった道しか行けないはずなのに自ら新しい道を探して進んだ。
スタティック(静的)ルーティングで構築したネットワーク環境なのにダイナミック(動的)に経路選択してる・・。
ルータ−?サーバ?ホスト?パラメタ見直せ!
えらいこっちゃ。えらいこっちゃ。
仕事なら、オレ怒られます。
でも、モトカリちゃんベストスマイル。
にこっ。

オレもにこっ。
この「僕の歩く道」。
観ていてなんか窮屈です。
劇中に悪人が存在せず、ヤなヤツだなと思っていたのにそいつにも良い部分があったり、またその逆だったりと、普通の環境の中で生活してる(と思っている)自分が共感できるようなドラマの作られ方のはずなのにどこか窮屈。
自分の中にも良い部分、そしてキレイごとだけでは生きていけない負の部分があることを自覚していて、敵もいれば味方もいるワケです。誰しも多かれ少なかれ負の部分を抱えていて、聖者になんてなれないよ、だけど生きてるほうがイイ、となるんだと思うんです。
で、このドラマはそういう風に作られてます。
味方:善人。敵:悪人。の対称軸ではありません。
じゃあ、なんで窮屈なんだ。
このドラマ、
ハンデを持った人イコール純粋。健常者がそれ(純粋)に感化され自分を見直す。
という対称軸で構成されてるような気がしてならないのです。
ハンデを持った人イコール純粋。・・・・。
偏見じゃないのか?それ??
そんなキレイごとばっかじゃないでしょ。リアルってーのは。
輝明のキレイごとだけじゃない私利私欲、わがまま、そんな負の部分もきっちり描いてほしいんです。
それがないのが、ここまでストーリを消化した段階で窮屈なカンジなってしまっている。
のかもしれない。